教養

若者が結婚しなくても滅びない社会 モソ族母系社会の不思議

少子高齢化と人口減少の時代を迎えた今日の日本では出生率の低下や婚姻率の低下が問題とされています。このままではいずれ日本人は地球上から消滅し,その血筋が途絶えるのではないかと懸念されています。

こうした問題は日本だけのものではありません。欧米各国においても若者の婚姻率は下がりつつあります。アメリカでは1978年には18歳から34歳の若者のうち59%が結婚していましたが,現在ではその割合は30%です。一方で未婚のパートナーと暮らす人々は1968年には0.2%でしたが,2018年には14.8%にまで増加しました。それと同時に結婚していないカップルから生まれた子供の数も急激に増加しています。

日本のみならず経済的に発展した多くの国々において,従来の家族制度はこの半世紀で急速に崩壊しつつあります。如何にして若者を結婚させ,子供を産ませるかは先進工業国の共通の課題です。

この問題に対し,日本の政権は過去の拡大家族を復活させることにその望みをかけているように見えます。おじいさんおばあさんと孫が一緒の家に暮らし,老人の知恵を子孫に伝えるような社会の理想を多くの人々は現実に見合わないものとして一蹴していますが,後述するように現代の核家族の傾向が家族制度の望ましい未来を示しているわけでもありません。

このような状況を眺めるにつけ,私たちは自分たちの未来に悲嘆せざるを得ないのかもしれませんが,世界には結婚という制度を持たずとも社会を維持している人々がいます。こうした人々の存在は私たちに結婚という制度をもう一度考え直す機会を与えてくれます。

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結婚の概念を持たないモソ族の人々

中国西部の四川省と雲南省の境目にある高地にモソ族という少数民族の人々が暮らしています。その人口は4万人ほど。文化人類学者がモソ族に注目するのは彼らが一般的な婚姻という制度を持たないからです。

モソ族の男女はいわゆる「通い婚」という形をとります。女性がある年齢に達すると男性を受け入れるようになります。男性は夜になると合意に基づいて意中の女性の家に赴き,明け方までには帰っていきます。通常このことは女性が住む家の家族を含め対外的には秘密にされます。

女性に子供が生まれても,父親はその子供の扶養に関して責任を負うことはありません。生まれた子供は女性が住む家で育てられることになります。

これでは男性にだけ有利なシステムであるように思えるかもしれませんが,そうでもありません。女性が子供を産んだとき,その子供の養育は女性の兄弟がともに担うことになります。つまりヨソの家の女性に子供を産ませた男性も,家に帰れば自分の姉妹が生んだ子供の養育を行わなければならないのです。こうして男女の養育のバランスが保たれる,それがモソ族の家族のシステムです。

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このようなシステムでは女性が複数の男性と関係を持つことが頻繁に起こりそうですが,実際にはそうしたことはあまりないようです。産みの父親は子供の成人式に出席するなどその後も一定の関係を保ちます。しかしながら,その子供の父親が誰であるかは私たちの社会に比べてあまり問題になりません。

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核家族という不幸を産む装置

モソ族の社会に婚姻という制度は存在しませんが,モソ族の人々はこうしたシステムに必ずしも賛成しているわけでもないようで,他の社会のように夫婦が生活をともにするシステムにあこがれを抱くこともあるようです。モソ族のシステムは世界の多くを占める婚姻形態に対する貴重な例外ではあるものの,それが私たちの社会に対する何かの解決策であると結論づけるには早計かもしれません。

モソ族の家族制度は母系社会であり,子供たちが母親を中心とする集団の中で暮らし続けることが前提となっています。子供の数がある程度いること,その子供たちがある程度生活をともにしていなければこのシステムは維持できません。婚姻関係には制限されませんが,兄妹関係には拘束されることになります。

私たちの社会は核家族を中心とした社会であり,モソ族のように兄妹関係に拘束されることはありません。兄妹がまったく別の場所に暮らしていることは普通のことです。しかし,このシステムはその代償として夫婦関係に子供の運命がすべて託されることになります。夫婦関係が破綻すれば,子供は頼るべきものを失う
ことになります。

日本やヨーロッパの世界は中世のイエの制度を否定することによって発展してきました。それによって個人の自由は確かに拡大しましたが,夫婦が設けた子供は以前よりも不安定な立場に置かれることになったことに気づきます。

核家族が広がったことは私たちを必ずしも幸福に導いたわけではありません。自由の代償は子供の養育という別の面に押し付けられているとも言えます。モソ族の社会は母系家族に縛られた不自由なシステムかもしれませんが,その代わりに婚姻という不自由から解放された幸せなシステムであると言うことも言えます。

現代社会において婚姻や家族という制度が急速に崩壊しつつある中で,モソ族の事例は私たちが社会を維持する上で何を優先し,何を犠牲にするのかを考える上で,今日の私たちが当然のものとして捉える婚姻のシステムにその他の可能性があることを教えていると言えるでしょう。

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