麻酔薬ケタミンがアルコール依存症の治療に効果

ケタミンは麻酔薬として用いられる物質です。日本では麻薬として指定され一般に手に入れることはできません。また、海外では幻覚剤として乱用されることがあり問題となっています。このようにケタミンは安全な薬というわけではないのですが、ロンドン大学の精神薬理学者ラビ・ダスの研究チームはこの薬がアルコール依存症を軽減するのに役に立つという実験結果を公表しました。

”要するに、研究者たちは脳にアルコール関連の記憶の一部を更新するように促すような驚き(刺激)を作りだし、その後ケタミンを使用して記憶が回復しないようにした。彼らは、そのプロセスが、渇望を促す飲酒と報酬の間の脳内の結びつきを妨害することを望んでいた。”

実験でケタミンにアルコール依存を軽減する効果が判明

研究者たちは、アルコールの乱用がある人々に実験に参加してもらいました。被験者はビールの写真やビールを飲むことを促す写真を見せられ、その後ケタミンを注射されました。また、効果を比較するため、別の被験者のグループはケタミンの代わりにプラセボ注射(偽の注射のこと。薬の代わりにビタミン剤やただの水を注射する)を受け、さらに別のグループでは、ビールの代わりにオレンジジュースの写真を見せられた後、ケタミンを注射されました。

実験の10日後の調査で、これら3つのグループ全てでアルコール摂取量が減少しましたが、その中でもビールの写真を見せられた後ケタミンを注射されたグループで摂取量が最も減少しました。

偶然の発見によって、麻酔薬が依存症やうつにも効果があることが知られるようになった。

ケタミンが作用する仕組み

ケタミンはもともと麻酔薬として長年用いられてきた物質ですが、難治性のうつ病にも効果があることが知られ、アメリカの一部では治療に用いられています。しかし、なぜ麻酔薬がうつ病やアルコール依存症に効果があるのかについては今のところはっきりと分かっているわけではありません。研究者は今後の研究が必要であると認めながら、一定の推測を行っています。

人間が脳に記憶を定着させる際には、N-メチル-アスパラギン酸(NMDA)受容体と呼ばれるタンパク質が重要な役割を果たしており、ケタミンはこのタンパク質の働きを阻害すると考えられています。つまり、今回の実験では、アルコール摂取を促す刺激を脳に与えた後ケタミンを注射することでその記憶が脳に定着するのを阻害し、結果としてアルコールへの欲求を減らすことができたと言えるのです。言い換えれば、依存症やうつは脳の記憶の呼び戻しと何らかの関係があり、ケタミンが脳の望ましくない動作をリセットしている可能性があります。

コンピューターの動作がおかしいときに再起動することで回復するように、いずれ人間の脳にもリセットボタンを押すことができる日が来るのかもしれません。