教養

完璧主義は精神に害を与える 完璧主義と努力家は似て非なるもの

高い目標を追い求め続けることはとても人生において最も重要な要素であると思われがちです。ハードルの高い基準を自分自身に課す人々を完璧主義者と呼びますが、人間の精神の健全性の面から言えば完璧主義は必ずしも望ましいものではないようです。

”2016年に公開された記事では、研究者は完全主義とうつ病が時間の経過とともにどのように関連しているかを調べた。彼らは、完全主義である人ほど鬱病の症状が増加する傾向があることを発見した。言い換えれば、人々は自分の完璧主義を成功に導くものと考えるかもしれないが、彼らの完璧主義は実際には精神的健康に有害であるようだ。”

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完璧主義者と努力家は同じではない

完璧主義者は自分に高い目標を課す一方で、他人の評価を気にし、間違いを過剰に恐れ、完璧ではない自分を低く評価する傾向があります。また、絶えず強いストレスにさらされるため、うつ病やアルコール依存症、自殺と相関関係があると考えられています。近年、欧米でも社会的な競争の激化や社会保障のカットなどによって完璧主義者である人々が増えてきています。また、資本主義の社会では、その人がどのような仕事をしていくら稼いでいるかということが本人の評価を決定するため、完璧主義への重圧がますます大きくなっているのです。

完璧主義は深刻なうつや自殺につながることがある。

完璧主義であることはその人の能力を高める上でよい影響を与えると考えられることが一般的です。しかし、心理学者の見解によれば自分の能力を高めるための努力と完璧主義は似て非なるものです。人間は完璧になることはできません。人間は失敗をする生き物であり、またその失敗から学ぶことで成長できます。人間が完璧主義であると失敗を避けようとしたり失敗を認めなくなるので、失敗から学ぶ機会が得られなくなってしまいます。また、完璧主義者は自分が完璧でないと思っていることを行動に移すことができないので、成果を出せずに終わります。もう少し言えば、完璧主義者は完璧を目指している人というより自分自身を完璧な存在として仮定しているだけで、実際はそうではないという現実から目をそらしているのです。

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完璧主義への処方箋

そうした点において、日本は完璧主義であることへの要求が非常に強い社会であると言えますが、欧米の社会も決して例外ではないのです。完璧主義という心の病に対する対処法を身につけることは現代社会において共通の課題なのです。

自分や他者に寛容であることは自分を受け入れ見つめなおす上で意味がある。

大切なことは、人間は不完全であり誰しも失敗する事実を受け入れることです。人間は失敗から学ぶことができる生き物なので、失敗から目をそらさず素直に受け入れることで成長できるというポジティブな側面を大切にすべきです。また、それは自分自身だけでなく他者に対する評価において同様です。他人の小さな誤りに過剰に反応することで人間同士がお互いを承認できる可能性はより少なくなってしまいます。インターネットが普及した社会ではそうした傾向がますます強くなっています。

ここで忘れてはならないことは、あなたが優れた能力を持った人間になりたいとき、努力家であることは大切であっても完璧主義者である必要はないということです。この二つを混同せずに論理的に切り分けて行動に移すことが、精神的な健全性とより高度なパフォーマンスを手に入れる上で大切なのです。

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