ヘイトスピーチと表現の自由 論点はヘイトからフェイクへ
近年日本でもヘイトスピーチが問題として取り上げられるようになっていますが、ヘイトスピーチやヘイトクライムとも呼ばれる問題は欧米社会で先行して議論が始まりました。
”大西洋の両側に住む多くの人々は、それが醜く有害なものであるときでさえ、法の支配はその言論を守るべきであるという議論を妨げていると感じている。しかしもっとも攻撃的な表現でさえも保護することは、民主主義文化の必要な側面として理解されなければならない。なぜなら、それは私たちが嫌い、同意しない声を黙らせようとする私たちの自然で避けることのできない取り組みに対する大切な抵抗を生み出すからだ。人がこの問題をジレンマとして見なしているという正にその事実こそが、寛容と承認の間に隙間を作り出そうとするイデオロギーである自由主義の成功の証拠そのものなのである。(早稲田大)”
ヘイトスピーチと言論の自由
最近は日本でもヘイトスピーチの存在が取り上げられるようになりました。2016年にはヘイトスピーチを法律で取り締まる「ヘイトスピーチ対策法」が施行されています。日本では主に朝鮮半島出身者に対する差別が長い間続けられてきており、近年になって差別行動が激しくなったため法律による取り締まりが必要になったのです。
一方で、ヘイトスピーチを法律で取り締まることは「表現の自由」を抑圧するものだと考える人々もいます。例えその意見が憎悪に満ちた異端であったとしても、少数の声を抑圧することには抵抗すべきであるというのです。今回取り上げた英文にあるように、それは私たちが自由主義社会を求める以上避けられない副作用であり、その副作用が問題になるということは私たちが自由主義社会を高いレベルで達成できていると解釈することもできるのです。
エール大学のロバート・ポスト教授は、言論の自由の範囲はその人が置かれている状況によっても変わる、と考えています。例えば会社のような環境では、言論の自由よりも人間同士の信頼関係が優先されるべきです。しかし民主的な議論が行われるべき公的な場であれば、その意見が異端であったとしても法によって沈黙させるべきではないというのです。
19世紀の哲学者ジョン・スチュアート・ミルは、攻撃的なスピーチは新しい真実の表現と発見につながることがあるので保護するに値する、と述べています。私たちは憎悪に基づいた意見表明を犯罪として排除する前にそれを検討すべきなのです。
問題の中心はヘイトからフェイクへ
実は今回取り上げた英文と現在の私たちが直面している問題との間には少し時間軸のズレがあります。ネットの普及が幾何級数的に広がっている現代では、問題の中心は表現の自由ではなくフェイクーつまり意図的にウソの情報を拡散させる社会勢力の発達ーに移りつつあります。
ヘイトスピーチが急激に拡散する理由がネットにあることは大抵の人々は同意できることです。しかし、フェイクを拡散させる人々の多くは、実は悪意によってその情報を拡散させているわけではありません。
フェイクの情報を基にヘイトクライムに及ぶ多くの人々はその情報をメディアから入手します。言い換えれば実体験ではないということです。そしてそこにインターネットが大きく関与しています。インターネット上には民族差別の根拠となるフェイクが小さなユニットとして分散して存在しています。一つ一つのユニットはいわば「小さなウソ」に過ぎません。しかし、私たちは検索エンジンを利用することによって、その小さなフェイクをかつてなら実現不可能であったはずのレベルで効率よく収集できるようになりました。
ネットの検索エンジンには根本的な欠陥があります。それは私たちが何かのワードを検索するとき、そこに客観的な観点や多様な視点のようなものが一切排除されている点です。私たちはネットサーフィンをしている最中に小さなフェイクに偶然出会い、そのフェイクワードを検索エンジンに打ち込むことで、それに関連した情報だけがフィルタリングされて表示されます。特定の情報に晒され続けることで、人はやがてそれが真実の世界であると考えるようになるのです。
ヘイトスピーチを行う人々は、自身の思考がそうした「小さなウソ」を束ねた教科書によって成り立っていることを知りません。「小さなウソ」を束ねて教科書にしたのは検索エンジンです。あなたはgoogleやyahooなどの検索エンジンに疑いの目を向けたことはありますか?私たちはテレビや新聞などの既存のメディアに対しては免疫があります。しかしネットメディアに対する免疫が十分であるとは言えないでしょう。この点について言えば、若い人はネットメディアに対する免疫は高い傾向にあるようです。学校教育現場においてもネットリテラシーの教育は少しずつ進んでいます。逆に言えば、中年や高齢者ほどヘイトに迎合しがちであると言われるのは、メディアに対する免疫の問題が関係しているのかもしれません。
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