反転授業は労力の割に成果が少ないという研究結果-教育にITを導入する長期的な意味

反転授業において,生徒は授業の前に自宅で映像授業を視聴し,教室では課題に取り組んだりグループワークを行ったりします。従来の学校における学習の構造とは逆であるため,反転授業と呼ばれています。

生徒は自ら主体的に問題に取り組んでいるとき最も効果的に学習します。従来の授業形態では,教室での授業は情報の習得が主な作業になり,生徒が質問する時間は限られる傾向があります。そして,主体的に問題解決に取り組む作業は宿題という形になり,自宅で一人で行うことになります。反転授業は今まで生徒が自宅で行っていた主体的に問題解決に取り組む作業を教師のサポートがある教室で行い,またグループワークによって集団で解決させようという発想から生まれたものです。そのため,情報の習得自体は自宅で視聴するオンライン映像に任せてしまいます。

反転授業に関する包括的分析

近年アメリカやその他の国々でも反転授業が大きな注目を集め,その導入事例が増えていますが,一方でそれらの全体を俯瞰したときに本当に効果があると言えるのかどうかはあまり分かっていません。

オランダのユトレヒト大学のデイヴィッド・ヴァン・アルテンらの研究チームは反転授業に関する114の研究を分析し,反転授業によって学習成果にわずかな向上が見られたものの,生徒の満足度には変化がなかったことを発見しました。

また,学習にクイズを導入した場合と,反転授業を導入しても教室における対面授業の時間を減らさなかった場合に学習成果がより向上することが分かりました。

クイズの例。アメリカではこうしたクイズをweb上で作成できるツールが比較的豊富に存在する。

上に示した事例のように,クイズはあくまでシンプルなもので講義内容の習得の一環としてみなされます。したがって,これは主体的作業には含まれません。

授業の前に自宅で映像授業を見たり,クイズに答えたりすることを事前学習と言います。ただし,事前学習には必ずしも映像授業が含まれる必要はありません。そのため事前学習の定義には少し幅があると言えます。しかしながら今回の調査では全体の95パーセントのケースで映像授業が用いられていました。

クイズの導入は効果があった

クイズは授業の前に生徒が学習内容をどの程度理解しているかを判断するために行われます。生徒はクイズを行いながら自分が理解できていないポイントを知ることができるので,クイズ自体に学習効果を高める作用があると考えられています。

いくつかの調査では,授業前にクイズを採用した方が採用しない場合に比べ学習効果が高いことが判明しました。

対面授業を減らすと効果が下がる

反転授業を導入する目的の一つは,教員不足によって授業時間が確保できない状況に対応することです。

大学において反転授業を用いて対面講義を従来の3分の2に減らしたケースの調査では,生徒の学習効果は従来と同等か,より高くなることが示唆されています。

一方で,中学・高校では対面授業を減らすと,学習の結果が著しく悪化することが分かりました。これは,大学と中学・高校では生徒の自己管理能力が異なることが原因であると考えられています。

中学・高校の場合は,自宅でオンライン授業を見ても生徒によって理解度に大きな差が生まれやすく,間違って理解する可能性も高くなります。したがって,教師が対面授業によって生徒ごとの理解のばらつきをこまめに修正する必要があるのです。また,そもそも生徒の学習意欲が低い場合は自宅で学習させることが困難です。こうした問題を修正するためにも依然として対面授業が必要なのです。

反転授業はしばしば対面授業の回数を減らすことによる費用対効果の高い教育方法であると主張されますが,今回の研究結果はこの仮説を否定しています。

対面授業が完全に放棄されているわけではない

調査対象となった反転授業のケースでは,実際にはその53パーセントが何らかの形で従来通りの対面授業を行っており,完全に反転授業に移行しているわけではないようです。

教室での授業の中に短時間の講義(マイクロレクチャー)を組み込むことで,生徒の満足度が高くなることが分かっています。

また,授業におけるグループワークについてははっきりした効果は認められませんでした。研究者は今後も詳しい調査が必要であると述べています。

今のところ費用と効果は見合わないかもしれない

反転授業ではITの導入が必須です。すべての生徒にタブレットを持たせるためのコストや,教員が映像授業やクイズを作成するための労力は莫大なものになります。しかし,反転授業によって得られる学力向上はわずかなものでしかありません。上で述べたように,対面授業を減らすこともできないとなれば,学校や教員にとってはただ負担だけが増える結果になるでしょう。

一方で,研究を行ったヴァン・アルテンは反転授業自体は肯定的に捉えています。たとえ初期投資が莫大でも,長期的に見れば見返りがあると主張しています。

課題の一つは,学校や教員がITを駆使した学習形態に対応できるかどうかです。

映像授業については教材メーカーなどの供給を受ける選択肢もありますが,なるべく担当する教員自身が映像に登場すべきです。生徒が学習に動機づけられるとき,そこには教師と生徒における相互の人格的関心や信頼関係が背景にあるからです。

しかし,映像が単に従来の授業を撮影しただけの冗長なものであれば,生徒が自宅で映像に拘束される時間が長くなり,かえって学習効率が下がるでしょう。

映像授業を作成する上では,デジタルホワイトボードを使用した時間効率に優れた講義や,場面の転換に用いる高音質の音楽や効果音など,マルチメディアを駆使して生徒の興味を引き付ける努力が求められます。

アメリカではコロナ禍の影響でオンライン授業についての議論がますます活発になってきています。教育現場へのITの導入は学校や教員の興味というよりむしろ差し迫った現実となっているのです。

とは言え,日本の教師が従来の対面授業の時間数を維持しながら,こうした教材の準備に対応できるとは思えません。日本の教員の労働環境は決して恵まれたものではありません。

研究では,反転授業にはある程度の効果が見込める,少なくともマイナスではないことが示唆されています。その一方で,具体的に反転授業をどのように行うか,導入に必要となる莫大な人・モノ・金の問題をどうすべきかについては未解決の問題が山積しています。これを「教員が頑張れば良い」の精神論で強行すれば,日本の教育はむしろ悪化することになるでしょう。

長い目で見れば,教育分野でのITの導入は避けられない道です。一方で,その導入にあたっては国際的な動向や調査結果に注視しながら,現実とのバランスに配慮してものごとを進めていく慎重さが必要でしょう。