大学入学共通テストは修正さえすれば悪いものではない

萩生田光一文部科学相は11月1日、大学入学共通テストへの英語民間試験導入について、2020年度は見送ることを表明した。その後、この問題は国語と数学の記述式解答にも波及しており、今後の情勢は不透明になりつつある。特に高校二年生を担当している教員の方々にとっては大人の世界の混乱を子供に晒している現実について心苦しさでいっぱいだろう。私自身も英語と数学について平成29年度と30年度に実施された試行テストを解いてみたので、そこから雑感を述べてみたいと思う。

数学について

数学については、数学IAにおいて記述式の問題を3問出題することになっている。しかし、平成29年度の試行テストの記述式問題は難易度が高すぎて、従来のセンター試験のレベルから考えても教科書の内容を踏まえたものとは言い難い。翌年の平成30年度ではこの反省から記述の内容が大幅に簡略化されたが、他でも指摘されている通り、この問題ならマーク式で十分同じものを作ることができる。

もちろんどちらでも良いというならば記述式で良いではないか、という考え方もあるかもしれないが、記述式は採点に過大な労力を要求し、受験者も自己採点ができないという問題がある。通常、受験者は試験終了後に自己採点を行い、各予備校が発表する判定に沿って出願する大学を選択する。出願先を決定するためのデータは生徒の自己採点を集計したものに基づいており、データの精度が下がればA判定やB判定などの判定の信頼性が損なわれることになる。記述式の導入によって数学に対する科学的な検証能力を向上させたいという意図は分かるが、必要なコストと得られるメリットがつり合っていない。

しかしながら、そうした問題を除けば試行テストで出題された内容については概ね評価できる。従来のセンター試験は数学的思考というよりパターン化された反射神経ゲームに近いものである。計算量が多く、いかに計算ミスをせずに素早く結果を導くかが勝負を左右している側面があった。問題文を読んでじっくり考えていては時間がまったく足りないので、反射神経を鍛えるトレーニングが欠かせない。一方、今回の試行テストは解答の方針さえ立てば計算量は少ない。代わりに、与えられた条件を丹念に検討して解答の方針を立てる、いわゆる熟考型の試験となっている。条件に論理的操作を加えることで、直感的な判断では分からない現象に対して科学的な結論を導く作業を行うもので、非常に教育的な内容である。

もちろん課題もある。試行テストの数学の平均点が低かったことはすでに報道されているが、もともとこうした熟考型の問題は難関大学で出題されることが多かったもので、偏差値の高い生徒向けの設問であると言える。試行テストでは難関大学よりはかなりグレードダウンしているが、制限時間のプレッシャーが大きすぎて正答に結びつかなかったのではないか。試験時間を考えると問題数が多すぎる印象だ。受験者に熟考を促すためにもっと時間に余裕のある問題数を設定した方がよいだろう。国公立大学の二次試験では時間の面でははるかに余裕が与えられてり、両者のギャップが大きい。また、問題文が冗長であるというのも指摘されているところであるが、解答の方針を立てる上で必要な情報に絞って記述を整理してもよいだろう。問題文が長すぎて考える時間がより一層少なくなっている点はもったいないと思う。

新形式の問題では計算テクニックへの依存は大幅に減少するので、教科書や問題集の作成方針も変化するだろう。個人的な印象では、コンピューターに任せれば良いような機械的作業を排して科学的な思考プロセスに主眼を向けている点において、教育本来のあり方に回帰していると言え、いくつかの問題点を解決した上で新形式を導入することが望ましいと考えている。

英語について

英語における民間試験導入の問題についてはさまざまな議論が巻き起こっているところであるが、この問題もコストとメリットを天秤にかければ割に合わないという点で数学と同様である。英語力を強化する上でスピーキングを含めた4技能のトレーニングが重要であることは疑いない事実であるが、民間試験を導入すれば学生のスピーキング能力が大きく向上するというという意見は単なる仮説に過ぎない。例えば、英検は現状でも二次試験の面接があり4技能型の試験を行っているし、受験者の数も決して少ないものではない。民間試験を導入するのならば、英検等を受験した生徒と受験していない生徒におけるスピーキング能力の比較検証を行った上で、コストに見合うメリットがあることを科学的に立証した上で実施するのが当然である。

また、従来のセンター試験はスピーキングを無視しているわけではなく、リーディングとリスニングの試験によってスピーキングとライティングの能力を間接的に測ることになっている。個人的な経験の範囲で言えば、センター試験においても英会話スクールに通っている等で4技能型のトレーニングを受けた生徒は点数が高くなる傾向がある。この点についても、間接的な能力測定の妥当性についてきちんを評価を行うべきだ。

次に、試行問題について。英語ではホームページ上のレビューなどを題材に主観的意見と客観的事実を判別させる問題や、ホームページの記事から主題を支持する意見と反対意見を判別させる問題など、学生のディベート能力の向上や論理的思考力を養うための新形式の問題が登場している。また、リスニング試験導入によって不要論の根強かった発音・アクセント問題が削除されたことと、英語の運用能力を向上させるために役に立っていたとは言い難い、単にややこしいだけの文法問題が削除された点も評価すべきだろう。ただし目新しい点はここまでで、それ以外については斬新な要素は無かった。もともとセンター試験は出題形式の独自性が高かったのだが、今回の形式ではむしろ一般的な形式に改められた。その分、センター独特の問題形式に頭を悩ませる必要がなくなるので新形式の方が目的に合致していると言える。一方で全体の文章量は増え、後半で語彙の難易度も上がっているので受験生にとっては大量の英文をスピーディーに読みこなす能力や、分からない部分を前後の文脈から推測する能力が求められる。しかし、平均得点率が50%ということであればそれほど無理な設定ではないと思う。新形式は選択肢を検討する能力よりスピード重視という点でTOEICに近いものがあると思う。コミュニケーション能力の向上を目的とするのならばこの方向性で良いだろう。個人的予測ではあるが、この形式であれば4技能型を組み合わせて練習を行ってきた生徒にとってはセンター試験のとき以上に高得点が取れる試験となると考えている。

なお、リスニングについてはマイナーアップデートと言ってよい。正しく聞き取れるかどうかを測る試験である以上、斬新な要素を盛り込む余地はあまりないとも言え、妥当ではないだろうか。

まとめ

これ以外の教科については個人的にはまだ検討していないので何とも言えないが、英語・数学に関しては従来のセンター試験が抱えていたレガシーを解消し、AI時代に適応できる人材、国際社会において欧米の水準で議論ができる人材を育成しようとしている点は評価すべきだろう。だが、形式の変更により教育現場や受験生に大きな混乱が起こっていることも事実であり、移行期間を通じて従来型から新形式に段階的に切り替えていく方法も検討すべきである。今回の大学入試改革はいくつかの点において致命的な問題を抱えており、これらの問題を解消した上で新形式への移行を実施することが望ましい。少なくとも英語に関しては、共通テストのために行われた試行問題で十分質の高いものが提示されており、これを廃止する根拠はない。